第73回
第4コーナーをまわって直線コースに入った谷村新司のゴールは? その動向に注目!
2018/04/12
日本の伝統芸能の殿堂である国立劇場で2013年から毎年行なっている谷村の〈THE SINGER〉コンサートが、今年も4月6日、7日、8日の3日間にわたって行なわれた。その2日目を見た。
正直に言って、第1回目から全て見ている私は余裕を持って出かけて行った。というのは、何度も見ているので大方の予想がついてしまうと思っていたからだ。たぶん、こんな内容だろうな、と。おそらくこれは私だけではなく、コアなファンほどそう思っていたに違いない。それはそうだろう。毎回まったく異なる内容になんてなるはずがない。ふつうのコンサートはそうだからだ。
しかし、谷村は違っていた。「えっ? こんなのあるの?」と意表をついた切り口で「やられた」と思わせ「さすが谷村!」と納得させられてしまうコンサートだったと言っていい。
「いきなり『昴』から始まったコンサート?」
出だしから意表をつかれてしまった。花道からせり出して登場した谷村がいきなり「昴」を歌い始めたのにはびっくりした。「昴」は本編ラストソングと相場が決まっているからだ。それが「昴」から始まるとは? このあたりから「おやっ?」と思った人は多いだろう。私もそうだ。今夜のコンサートはいつもとなぜだか違うと思い始めたのだ。
「Running On」「終着駅」「引き潮」「陽はまた昇る」「ラ・カルナバル」などとラインナップもいつもとは違うし、何よりも歌が中心で谷村のおしゃべりが少ない気がする。「あれ?」という思いは募るばかりだ。何かが違う? そんな思いを抱いた人はたくさんいたに違いない。そんな思いが自然と高まったあたりで谷村が話し始めた。絶妙なタイミングだった。
「今年のテーマは“38年目の昴”です。『昴』が誕生したのは1980年。日本中がバブルに向かって加速していた頃です。やがてニューヨークのシンボル“ロックフェラーセンター”を日本の企業が買った、と大騒ぎになりました。ひょっとするとお金さえあれば『幸せ』も買えるかもしれない。そんな錯覚と共に頂上の見えない山をひたすら登り続けていたあの頃、“我々はいったい何処に向かっているんだろう?”そんな不安の中で生まれた楽曲が『昴』でした。アルバム『昴』のジャケットには、トレーニング用のスウェットを着て夜の闇を行く32歳の自分が写っています」
「昴」はアリスの谷村新司がソロになって初めて出したヒット曲であり、いわば谷村の〈フラッグ・ソング〉である。このとき、谷村は確実に“意志”を持って歩き始めたのだ。その意味では、谷村の人生を顧みると紛れもなくターニング・ポイントにあたる。
「“昴”はある種“決別”の歌なんです!」
1981年大晦日の〈NHK紅白歌合戦〉の“大トリ”として谷村新司が熱唱した「昴」は印象的だったが、「昴」は80年4月1日に発売された。
「“昴”はある種“決別”の歌なんです」
そう前置きして谷村は語る。
「そのとき強く感じていたのは体制の中に入ってしまうと自分がやりたいと思っていること、夢が追いかけられなくなるってこと。大きな組織の中では駒になって動くしかないでしょう。それはしかたがないことかもしれないけど、ぼくはそうはしたくなかった。それで自分たちで新しいレコード会社・ポリスターを作って夢を追いかけられるようにした。だから、ぼくにとっては、いろいろ問題はあるかもしれないけど、とにかく俺は行くんだ、という決別の歌なんです。と同時に、現実にしばられてしまっている人たちの夢をぼくがみんな預かっていくからという思いもありました」
彼のそんな“熱い想い”が伝わったのか、「昴」は“我は行く”と自分を鼓舞する自分への“人生応援歌”として熱く支持されて現在に至っている。人生応援歌。これについて経済・技術物の作家として名高い内橋克人が興味深いことを語っている。
「(略)人々がなぜ“昴”をうたうのか、これはあとづけの論理に過ぎないかもしれませんが、サラリーマンが愛唱する理由もそのあたりにあるような気がします。毎日仕事に追われながらも、明日からは違った生き方をしてみたい。自分がいまやっているのは妻子を養うとか自分が食うための手段であって、仮の姿なんだ。本当はまったく違う自分があるはずだ、と。しかし現実には明日も同じことをやるだろう、ということもわかっている。それでも『新しい自分』への志向だけは消えないぞ、という激しい思いがある」(月刊「現代」89年11月号から抜粋)
これは「昴」が受ける要因を見事に言いあてていると思う。
「古希を迎えて、人生を顧みたとき何を思う?」
新レコード会社を立ちあげて何があっても前に進まなければならなかった。その第1弾が実は「昴」だったのだ。いろいろあるが、とにもかくにも男にはどうしても行かなければならない道がある。そんな強い思いが凝縮されたのが「昴」なのだ。
あれから38年が経ち、谷村は今年の12月に古希(70歳)になる。人生の第4コーナーをまわって直線コースに入って自分なりのゴールが見えているに違いない。だからこそ、来年2019年には“古希”になったアリスが再始動する〈アリス・アゲイン〉が控えているのだろう。
〈アリス・アゲイン〉も含めて、谷村は自分の人生を顧みて、今何をなすべきなのか? 明確なものを持っているはずだ。そのことは〈THE SINGER〉コンサートを見ていてひしひしと伝わってきた。これからますます目が離せない谷村新司の動向である。
(文/富澤一誠)
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