「声を出してはいけません」「拍手をしてはいけません」 tricotが仕掛けるサイレントショー『秘蜜』 その“ありのまま”をレポート

2021/04/21
tricot『秘蜜』

tricot サイレントショー秘蜜 大阪編 【一幕目~秘~】 2021.4.16  大阪 なんばHatch


4月16日(金)、大阪・なんばHatchにてtricot(トリコ)が有観客無配信のコンセプトライブ『サイレントショー秘蜜』を開催。1日で2公演行われたライブのうち、第一部【一幕目~秘~】の模様をお届けしたい。

実はこの公演、今年2月にも東京で同様のライブが開催されていたのだが、その内容がネットニュースや雑誌などに露出されることはなかった。それは「観客も演者も無言」「拍手も声援も禁止」「MCもBGMもなし」、そして黒のドレスコードが設けられたほかに、「この日のライブの内容は秘“蜜”」という約束が交わされていたからだ。SNSに詳細を呟くなどもってのほかで、今回のライブレポートは「曲名もすべて非公開」という制約付きだ。記者として、時折似たような状況は何度か経験していたが、全ての楽曲が非公開というのは滅多にあることじゃない。今回は「アノ」「ソノ」と濁したまま綴っていくのでご了承を……。

会場に入るとフロアにはディスタンスを保った客席に黒のドレスコードに身を包んだ観客が静かに座っている。誰も声を発しない、ひっそりと静かなライブハウスは妙な緊張を感じる。開演時間を迎えると、楽器のスイッチが入った小さな電子音が聴こえる。「そろそろ始まるな」そう思った瞬間、さっきまで無音だった空間に鼓動を打ち鳴らすベース、そしてギターの歪んだ音色が耳をつんざいてくる。目の前のステージは緞帳が下りたまま何も見えない。メンバーの姿もない、真っ黒な視界の中で4人の音だけが鳴っている。たったこれだけの景色なのに、この日のステージの特別さに期待と興奮で鳥肌が立つ。


tricot

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緞帳が上がり、煌々と光る照明を背にしたメンバー4人の姿がようやく見える。もちろん、4人のドレスコードも黒だ。でも、その照明はメンバーの表情をしっかりと捉えてくれない。それでもお立ち台に立つ中嶋イッキュウ(Vo/G)の姿はいつもより存在感が強い。ステージの背景も黒い分、黒い衣装からのぞく顔や腕の肌の色が、演奏力高く、複雑なサウンドもさらりとこなすメンバーの表情や動きをより印象強く見せる。吉田雄介(Dr)のタイトなリズム、ギターをかき鳴らすキダ モティフォ(Gt/Cho)が感情極まって拳を震わせる瞬間、ヒロミ・ヒロヒロ(Ba/Cho)のフィジカルの強いグルーヴ、すべての輪郭が明確だ。中嶋の衣装は足元に赤い刺し色が入っていて、照明に透けるその姿には美しさすら感じる。真っ黒な空間で演奏される楽曲は新旧様々で、“アノ曲”“コノ曲”やさらに初聴きの曲まで。曲順もコンセプチュアルに魅せていく。


tricot

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ライブ開始から数曲が経ったころ、気分はすでに高揚しているのだけれど、何のアクションも起こせないのがもどかしく歯痒くなってきた。ただじっと座り、ステージを見据えるだけ。ここ1年ほど、コロナ禍の影響から有観客ライブでは歓声が出せない環境が続いている。それでも代わりに音高く拍手することができたが、今この瞬間はそれさえできない。立ち上がって音に乗って踊り、拳を掲げても良かったのかもしれない。ただ、ライブが進めば進むほど、この日は着席のまま4人の音を聴く、それが最高で最適なスタイルだと気付かされる。メンバー4人が立つステージと観客の間には境界線は感じないし、置き去りにされるような感覚もない。オーディエンスはライブを観るだけの傍観者ではなく、tricotが生み出す空間の一部になる。ライブに没入感が生まれる。ドレスコードが黒なのも納得だ。


中嶋イッキュウ

中嶋イッキュウ

女子メンバー3人が代わる代わる歌う“アノ曲”、中嶋のエモーショナルな歌声が感情揺さぶる“アノ曲”、キダのソリッドなギターが掛け走る“アノ曲”。とにかくストイックに、キレッキレの楽曲が展開されていく。聴く側もじっと音に塗れ、心地よい音圧に浸るだけ。ただひたすらtricotを“黙食”するのみ。ライブも後半になると、音はより複雑に入り組んでいく。人間臭かったり、凛としていたり、剛毅さに溢れていたり、多種多様な感情を打ち放っていく。そしてラストはひと際激しい、ライブを〆る定番の“アノ曲”。中嶋が早口でまくしたて、キダはお立ち台で荒ぶり、ヒロミは仰け反り、転がり音を鳴らし続ける。吉田は前に立つ3人を煽るようにビートを打ち鳴らす。


tricot

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余韻を響かせたまま、最後もやっぱりメンバーはひと言も発せずステージを去っていくし、観客は声も拍手もできない。アンコールを求めるアクションもできない。客席にまた静寂が訪れたとき、スクリーンに5月5日に配信リリースされる新曲「暴露」の情報とジャケット写真が映し出された。朗報にたまらず声が漏れてしまった人の姿が愛おしい……。そして、メンバーからの「ありがとう」の言葉が映像で映され、スタッフからのアナウンスでようやくライブが終わったことを知る。


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先述したように、観客はこの日観たステージの感想や情景について表立って書き記すことはできない。「“アノ曲”のあの瞬間がすごかった!」「“コノ曲”がいつも以上にかっこよかった!」と、誰かに伝えたくてたまらないかもしれない。でも、この日のライブで得た感情や感動は自分だけのもの。声に出して、拍手を打って、感情を外に漏らすことはしない。自分の記憶にだけ刻み込む。tricotとの秘“蜜”。 独り占めだ。そう思うと、一層特別感が増してくる。

これまでも海外での単独ツアーや無観客での配信ライブなど積極的に取り組んできた彼女たち。今回のようなコンセプチュアルなライブは今の情勢だからこそ実現できたものかもしれない。次はどんなライブを体感させてくれるのか、注目し続けたい。


取材・文=黒田奈保子

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