CHABO BAND 雨あがりの夜空に 2017 supported by LiveFans

スペシャルインタビュー
「ライブへの想い」

ステージを観せることに関してはすごく意識している

昔から数々のライブをやってこられたと思うんですけど、ライブの醍醐味って何ですか?

中学生ぐらいからバンドをやって来て、誰かの前でギターを持って演奏して、みんなが喜んでくれたらこっちも嬉しいとかね、そういうまずは無邪気なことだと思う。「ビートルズやストーンズ、キンクスみたいな曲をやりたいな」とか言って始まってるわけだから、3人とか4人で、とにかくバンドで演奏できる喜びとかがまずはあるかな。それはガキの頃から変わらない。その上でせっかくやるならお客さんが居てっていう順番なのかもしれないね。一番ピュアなところはまずは演奏すること自体じゃないかな。

小さなライブハウスでも何千人のところでも変わらないんですか?

やりやすさや難しさは当然いろいろそれぞれにあるけど、基本的には変わらないと思う。乱暴に言っちゃえばね。

RCサクセションは日本でも指折りの「観せる」という要素があったバンドだと思うんですけど、そこは何か特別に意識をされてますか?

ものすごく意識してる。RCサクセションに関して言えば、俺たちはソウル・ショーとかに憧れがあった。ソウル・ショーっていうのは本当にパフォーマンスだから。清志郎にしたってジェームス・ブラウンの身のこなしとか。そういうことからすると、ものすごく意識があったと思う。ティーンエイジャーの頃、文化祭でもダンスパーティでも、当時、人前に出るってことになったらば、中学生なりにかっこよくするにはどうしたらいいかな?ってやるわけじゃん。古井戸の時は2人組で、相棒の加奈崎(芳太郎 )さんとの立ち位置があったし。RCがバンド形態になって、清志郎がハンドマイクになって「オーティス・レディングやミック・ジャガーのようなアプローチ」みたいなことになった時には「だったら俺はスティーヴ・クロッパーだ、キース・リチャーズだ」みたいなね。バンド小僧が描く理想像ってあるじゃない。麗蘭なら土屋公平とのコンビとか。CHABO BANDだったら、俺がセンターに立ってとか。

ライブにおいて一番重要なのはセットリストだと思う

CHABOさんの場合、ボーカリスト、ギタリストに加えて詩人という要素があるように思うんですが、それをステージ上で意識されることはありますか?

詩人という意識は俺個人にはないかな。「言葉を紡ぎたい」という意味合いでの「言葉」という意識はあるけど。俺はいわゆるボーカリストじゃないし、いわゆるインストなんかもがんがん演るってなギタリストでもない。アレン・ギンズバーグやボブ・ディランみたいな詩人でもない。だけど、ギターを弾くことと歌うことと言葉を紡ぐこと。その3つを合わせれば、何かひとつの力になるんじゃないかとか、3つ合わせれば何か形になるんじゃないかなっていう、そういう発想だよね。それはある時期からすごく思い始めたね。そういう意識はあるかな。

ライブでお客さんに聴かせるってことについて選曲と順番はどうやって決めてるんですか?

それは、ものすごく考えるよね。10通りぐらい考えて、「ダメだ、じゃ11通り目」とかね(笑)。昔からそうだね、RCの時から。もっと言えば中学生ぐらいからかも。当然当時はYouTubeなんかないから数少ないライブ盤のレコードを聴いたり、ビートルズのLive映画を観て「あ、“ツイスト&シャウト”の後は“シー・ラブズ・ユー”なんだ」とかね。なんかビートルズの短いLive映像があったんだよ、それ見て自分なりに「いいな、あの順番」とか。そうやって何となくガキの頃から感じるわけじゃない。自分でステージに立つんだったら「アップの曲から始めて3曲目くらいに“ガール”とか“レディ・ジェーン”みたいな曲をやろう」とかね。そうやっていろいろ考えるわけじゃん。そういうことの積み重ねで何となくステージングを自分で考えるようになったんじゃないかな。セットリストこそ一番重要なことだね。 昨今の活動で言えば、2015年に渋谷公会堂でやった45周年記念ライブだとすると、テーマが明確なわけじゃない。自分の個人史をやるってことだから。「古井戸時代は何をチョイスしようか?」とか。その中で今も歌える歌、今はもうキツイ歌、いろいろあるからね。RCの曲は「清志郎が不在で何が自分にできるのか?」とかね。その時の自分が立つステージに向かうために、一番のベストの、ベターな選曲は何かっていうことだと思うけど、毎回ね。

若手とも積極的にやってらっしゃいますが、若手から吸収するものはありますか。

うん、すごくあると思う。吸収なんてことの前に刺激ね。「うわ、あいつ、何でああいう感じでステージに立てるんだろう?」とか。「あいつはどういうことでああいう曲が書けんのかな?」とかね。逆もあるけど。「笑わせんな!」っていうやつもいるけど(笑)。でも「なかなかすげぇな」っていう方が多いね。俺なんかのいろんなことへのこだわりみたいなことなんかそもそも飛び越えちゃっているような子たちにも会ったりすると、時代の流れとか自分の年齢とかも感じるのと同時に、「すっげぇな!」と思ったりすることも多々あるよ。

日比谷野音は日本のロックの始まりの場所だよね

ご自分の過去のライブで思い出のライブ会場はありますか?

それはいろいろあるよ、その中でも例えばやっぱり日比谷野音っていうのは、俺個人も含めてだろうけど、日本のRockの何か拠点みたいだった場所だからね。60年代に学生運動の連中の集会とか、そういうことも含めての野音っていうと、やっぱり特別な場所だったはず。Liveをやってるところへ学生運動の奴等が雪崩込んでLiveを潰そうとするとかね。そんなことも含めて野音自体が、何か日本のRockの試行錯誤での始まりの象徴的な場所だったのかもね。10円コンサートみたいなのがあったりね。今も日本のロック・シーンに残ってる、ある種の伝説的なライブがあるよね。キャロルが解散したり。これ、土屋公平が中学生の時に観に行ってるんだよね。映像にも残ってる。有名な話。

映像に映ってるんですか?

うん。すごいよ、最高だよ。あのね、公平がね、中学生でキャロルの解散Liveを観に行ってんだよ。あいつ、好きだったみたいで。そのドキュメンタリーを佐藤輝さんっていう人が撮ってるんだけど、キャロルの客は多くがリーゼントだろ? だから目立っちゃってんだよ、逆に。可愛い坊やで(笑)。それでインタビュアーが舘ひろしなんだよ。舘君が「僕、どうして来たの?」って。それが公平なわけ。「あ、好きだから」みたいな。すごいだろ、それ。今のはちょっと余談だけど、つまりそういうことも含めて野音って、いろんな歴史ある何かこう聖地って言うか、そういうところだよね。Charなんかもガキの頃、塀を乗り越えて観に行ったって。まあ日本のロックのある種始まりの場所だよね。

CHABOさんは今年、野音でライブをやるわけですが。

2017年10月ね。自分の名義としては本当に久しぶりだね。 ちょっと怖くもあるけど。やっぱりね、今、俺、野音でやれるかな、とかね。それは嬉しいのと半分半分だね。

演者側のCHABOさんからすると、お客さんの満足度はどうやって判断していますか?

簡単な話、拍手とかね。何となく拍手をしているのか、本気で拍手をやってんのかっていうのはなんか感じたりするんだよ。いい演奏をした時に「いぇーい!」なんて、一番わかりやすい満足度を感じるかもね。でも必ずしもそればっかりじゃなくて、何だか静かで「どうだったんだよ? おまえら」って内心思ってるんだけど、「何か伝わってんな」って感じられる時ってあるんだよね。逆に「ウワー!」ってなることを客の満足度との目安として期待しちゃうと肩すかしを食らうこともある。「何を言ってもウケるんだな、おめぇら」「本当に歌を聴いてんのかな?」とかさ。いつもだいたいステージに出た瞬間に、今日はこういう客層だというのはある程度わかる。「あ、今日はやりやすいな」とか「うゎ、今日はやりにくい」とかね。そういう時は「どうやってステージを持って行こう?」とか考える。一概に客の満足度はこれなんですっていう答えはないけど、自分の感じとして、「すごく歌も響いたのかな」「言葉も何か伝わったのかな」「間奏のフレーズをいいと思ってくれたのかな」とか、そういうことを自分なりに想像することはある。それが当たってるのか外れてるのかわかんないけどね。自分が感じたことは自分の中で正しいからね。だから、ライブが終って誰かに「良かったです!」って言われても、自分が満足してなかったら「良くねぇよ、今日は」っていうこともある。その逆もあるしね。

フェスを楽しいと思えるようになってきた

単独ライブとフェスの違いはありますか?

フェスは俺を知らないやつもたくさん来るから、その怖さと挑戦がある。「自分を知らない連中に良かったって思われたら最高だな」「あいつ絶対こっち向かせてやろう」っていう挑戦の気持ち。自分のライブの時は基本的には安心感と、それに乗りすぎちゃうといけないな、という気持ちがあるかな。自分のライブでは「新しいものを何か感じてもらわなきゃ」とか思ったりね。具体的には「新曲やんなきゃ」とかね。

フェスの場合、初めて誰かとコラボすることもあると思うんですけど、それはCHABOさんにとっては楽しいことなんですか?

ご承知のように、基本的には俺は家にいたいっていうタイプだから(笑)極端に言えば、そういうことから俺はずっと逃げてきた。「いや、そういうのはちょっと。人に会いたくないから」って。楽屋にこもるような子だったからさ(笑)。だけどフェスっていうのはそうもいかないわけじゃん。で、ある時期から「それをやらなきゃ」って思うようになった。ま、自分のレベルだけど、それができるようになって。その楽しさも感じたりね。若い子たちとの出会いもそうだけど。それと間に入ってくれて、俺をそういう場面に連れ出しててくれる、誘ってくれるミュージシャンに対する感謝とか、誘ってくれることへの嬉しさとかはすごくある。昔は清志郎に言われても断っちゃうわけだから。「CHABO、一緒に出ようよ」「いいよ、おまえだけ行ってこいよ。おまえ、好きじゃん、みんなとワイワイやんの」「またそんなこと言って」みたいな。ずっとそうだったから。でも、それやっぱり、ある時期から「それ違う。もったいない」っていうかね。もっと言えば「何、甘っちょろいこと言ってんの? 仕事としてもちゃんと受けろよ」みたいなことも含めて、今は呼んでもらったフェスに行くのは楽しみにもなってきた。そういうふうになって嬉しいしね。感謝してるし。

CHABOさんをリスペクトしてる人たちはすごく多いので、若手にとってはすごく嬉しいことだと思いますね。

そういうふうには思われたら嬉しいけど。だけど、やっぱり楽屋にこもっちゃうんだけど(笑)。すると向こうから訪ねて来たりしてくれるんだよね。それはやっぱり嬉しくて。「入れ、入れ」みたいな(笑)。楽屋で話せるというのがとても嬉しくて。今はだからフェスの楽しさとかフェスの意義とか、とても感じさせてもらってるけど。

ステージで突然動けなくなったこともあった

CHABOさんがやったライブで、思い出のライブはありますか?

そりゃ数限りないんじゃないかな。RC時代は勿論、麗蘭、CHABO BAND、Solo(一人)のステージいろいろね。ガキの頃、文化祭、ダンスパーティでやった忘れられないライブもあるし、古井戸がデビューする前に渋谷の青い森とかJean Jeanなんていうところがあったんだけど、そういうところでやったセミプロ時代のライブも忘れられない景色たくさんあるし。

忘れられない笑い話とか失敗談とかありますか?

笑い話としてはね、古井戸時代にね、それこそ日比谷野音で、夏の夜、けっこう長いライブだった。しこたま飲んでたから、もうベロンベロンで(笑)。マンドリンを弾く曲で座ったことが敗因なんだろうけど。風が気持ちよくて寝ちゃってるわけ。終わったあと相棒の加奈崎さんが「おまえ、間奏どうしたんだ?」って(笑)。

野音でですか?

野音。間奏の時、寝てた(笑)。

何千人も観てますよね。

そんなこと気にも何にもしないわけだから、当時は(笑)。 あとね、怖かったっていうか、それは初めての体験なんだけど、RCをやりつつソロ活動もやり出して、ちょっと俺も精神的に難しくなってた1985年ぐらいかな。新宿のシアターアップルっていうところで、すげぇコンフューズしてて、ステージで金縛りにあったことがあって。それは本当に怖かった。意識はわかってんだけど、動けない。その時は本当にヤバいと思って。で、まあ何とか終わって。その後、休養して、ヨーロッパに脱走するんだけど。そういうことがあった。それは本当に忘れられない。「ステージに向かうための精神状態とかちゃんとコントロールしないと駄目だ」とか思ったね。そういうことがあったなぁ。

スポーツの場合、イップスとかって言いますよね。ゴルフのクラブを構えてそこから動けないとかピッチャーも振りかぶるまではできるんだけど、そこから投げられない、みたいな。

あるんだね、スポーツマンにも。 それと似たような感覚かもね。


(インタビュアー:ライブファンズ代表 渡辺泰光)


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