×

LiveFans PUSH!

矢沢永吉 のライブレビュー (192件)

並べ替え:

≪Prev12345|…10

The One Night Show 1979 CONCERT TOUR

1979/03/27 (火) @ 新日鉄大谷体育館(福岡県)

ゲストさん

初めて矢沢永吉見に行った 中学一年生。一人。暴走族の方以外、いない雰囲気。めちゃめちゃ怖かったけど、どうしてもどうしても永ちゃん好きだから行った。曲順は、ほぼライブ後楽園と同じ。アイラブユーOKの代わりにまだ発売されてない「天使達の場所」歌ってた。時間よ止まれの、あの年で満員じゃなかった。まだ日本人がコンサートとかに行く文化が今とは違ってた。二階席の最前列で「双眼鏡」とかダサダサに持ってった。左側の6人ぐらいのヤンキー男女のグループに、、、勇気を、出して「良かったら双眼鏡、使われます?」 な感じで中学一年生の私が差し出した瞬間、そのグループの一人が「何っ話しかけてんだっっ」な剣幕で言われてビビッたけど、すぐに周りの兄ちゃん姉ちゃんが「あんた吠えなさんなっせっかく貸してくれてるのに笑笑」で双眼鏡、喜んで使ってくれた。吠える方も笑いなだめる方も、ヤンキーらしく、ビビり&微笑ましく自分も感じた。黒く塗りつぶせの時、当時走りのレーザー光線が。緑色の。 当時チケットが2500円か2800円な記憶。でチケットに主催者か何か、「たらしね」とか書いてた。、、、なんだ?こりゃ?とか思ったと。後にライブ後楽園のようなベタベタのポマードのオールバックでなく普通のリーゼントで、毎回毎回ベタベタポマードだと先々ハゲたり気にしてるなかな?と。北九州の百貨店、井筒屋で、たまたま永ちゃんのチケットが売ってて、次の日、お金工面してバタバタ買いに行った。ホント永ちゃんの熱狂的ファンになったばかりの中学一年生は運命的にも感じて、、、あの頃の矢沢永吉コンサートを、見れて良かったです。

EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 2023 "Welcome to Rock'n'Roll"

2023/11/12 (日) 17:00開演 @ ゼビオアリーナ仙台(宮城県)

hiroshikiさん

11月に入り一気に気温が下がり寒さが増した仙台が今年のツアーの出発地。2日目のレビューを記憶している範囲で記してみます。 オープニングは「FLESH AND BLOOD」 LIVE1曲目に歌われる事はこれまでもいくつかあった。 お馴染み黒いロングコートにサングラス姿は眩しいオーラ全開!ゼビオアリーナ仙台のびっしり満員の観衆が大歓声で迎える。 2曲目と3曲目とROCKなナンバーが続くのは〜ここ数年のツアーでは少し珍しい(2曲目が終わるとMC〜バラードナンバーとここ数年は恒例化していた) 「FLESH〜」と「"カサノバ"と囁いで」では…たまに歌詞が不確かに歌われる場合もあったりする。 3曲目の「PURE GOLD」では間奏部にMVでも使用されたモンキー・パンチ作のアニメーション映像が流れる。 ちなみにここまでの3曲は「1989年」「1990年」「1990年」と発表年の近いアルバムから披露された。 MCからは〜この日のBOSSはなかなか話が流暢な感じでした。 1999年開催の50歳のBirthday Live"ありがとうが爆発する夜"での感極まってしまいセカンド・バースが歌えなくなった「アイ・ラヴ・ユー.OK」の話を。 「長く辛い道も おまえだけ〜」の「おまえ」は自分自身の事だった…と思ったら込み上げてきてしまい歌えなくなった。 「今、見てもあの映像は良いよ!」と話していた。 だけど「6万人か7万人集まった」会場名の「横浜国際総合競技場」の名前は思い出せず。 「ROCKIN' MY HEART」は他人が書いた(作った)曲(盟友 ジョン・マクフィー作詞曲)で〜今後は他の人が作った曲も「歌ってもいいんじゃないかな?」と思ってるいる…といった話なども。 あまりステージでは「歌ってこなかったナンバーをいくつか」と紹介された「KISS YOU」や「夏の少年(こども)」 昔は観客席の大半が「ほぼ男ばっかり」〜から柳屋のポマードの話「会場内がポマード臭い」など。その影響でか?ポマードの売上が伸びたので「メルセデス(ベンツ)でも」とご機嫌な話と〜「(柳屋から)ご挨拶に行きたい」と連絡があった話などのエピソードも。 「ガイタレ(外国人のタレントの略・海外ミュージシャン) には会場は貸すけど矢沢には貸さない」話も。 「みなさん、どうぞ"自惚れ(じぼれ)"してください」とオーディエンスを鼓舞するような話まで。 また、徳之島へ自分が運転する大型クルーザーで長時間かけて現地へ向かった話も。「帰りは自分だけ飛行機で帰って来たかった」などの昔話も。 翌日は前の日にお酒を飲み過ぎて酔っぱらった状態で帰って来た話なども。 話の中にあった「ステージでアンコ椿を歌ったら帰りは飛行機の手配して(という冗談)」とスタッフへ伝えていたという話の「アンコ椿」とは…若い方はご存知無いと思いますが〜都はるみが歌った1964年の演歌のヒット曲「アンコ椿は恋の花」の事です。 続いて曲の構成については〜 バラード曲「心花よ」ではしっかりヴォーカルも冴えていたし間奏部ではサントリー缶コーヒー「BOSS」の本人出演時のCM映像も流されたり 「小悪魔ハニービー」は久しぶりに歌われ、しっかり後半のホーンセクションの5人組も登場。 (の前に…BOSSが作ったヴァイオリンがメインのワルツのような曲に合わせて洋風な部屋などスクリーンに映し出されステージ左手に男女2人のダンサーも現れたりの凝った演出も) 「Please.Please.Please」では〜せり出したステージ前方へ歩いて先端で歌うが…羽織っていたジャケットを脱ぎ…肩に掛け…手に持ち…また再度、着る〜という"不思議な"行動を。 実は「パッと見たら裏地がこっち側で」とジャケットが表裏になっていた事が判明!ステージ袖に居る舞台監督に和やかに注意していたりのちょっと微笑ましい出来事があったりと。 「これが生なんですね〜」とBOSS本人も、まるでツアーのスタート当初は「仕方がない」ような雰囲気で話をしてました。 原曲がキャロルのナンバー「憎いあの娘」は1992年のAnytime Woman Tourの時のバージョンと同じアレンジ。イントロ時のスクリーンに映し出されたベースのMORIOさんの笑顔が印象的だった。 続く、またしても懐かしい「ウイスキー・コーク」ではスクリーンに歌詞が映され〜一緒に歌える演出に。 アコースティック・ギターで歌った「YES MY LOVE」 「Anytime Woman」「ニューグランドホテル」と続きメンバー紹介へ。 ちなみに〜「ニューグランドホテル」の間奏及び後半部分のハーモニカ〜はガイ・アリスンのキーボードで補われていた。 メンバー紹介は〜5年ぶりに戻って来たドラムのジェフ・ダグモアの紹介で大きな歓声が上がっていた(ガイ・アリスンは…もっと長いんですけどね。付き合いが) 本編ラストは「WITHOUT YOU」(1982) この曲は〜昨年の50th Anniversaryのドーム・ツアー「My Way」でも歌われてるので、きっとBOSSのお気に入りなのでしょう。 コロナ禍以降…"声出し"が可能になったLive。 アンコールでの永ちゃんコールと拍手が大きく〜白い上下のスーツ姿で再度登場! この日のアンコール1曲目は〜キャロルのデビュー曲「ルイジアンナ」のニュー・バージョン(シングル「くちづけが止まらない」(1988)のカップリング曲。実際は1985年発表の「Ten Years Ago」のアウトテイク) 続くアンコール2曲目は〜ステージ袖のスタッフからパナマハットを受取ると超定番ソングの「止まらないHa〜Ha」で会場のボルテージは最高潮へ向かう。 会場内では恒例の数多くの"矢沢タオル"が宙に舞った。 これで約2時間弱の矢沢永吉のステージは終了。 スクリーンには「Thank you Rock'n Roll 矢沢永吉」の文字と今年のツアーのロゴになってるBOSSのシルエットが映し出された。 クロージング曲は「DIAMOND MOON」(1990) 欲を言えば…(演奏終了後にすぐにアナウンスも無かったので)再アンコールで「トラベリン・バス」を体感したかったと思ったオーディエンスの皆さんは決して少なくなかったはず(だと思います) とても74歳とは思えないほど声もバッチリ出てましたしパフォーマンスもやっぱりキレキレでした。 (もちろんマイクターンも見れました) いつもそうですが、しっかり体も鍛え上げられてましたしシャープな体つきでした。 やはり「この人は生半可な気持ちでステージに立っている訳ではないんだな」と観ているこちら側が襟を正さなくてならないと思ったりもした… サイコーのコンサート(Live)でした♫ 来月の日本武道館の初日が通算公演数「日本武道館150回目」を迎え〜クリスマスでの横浜アリーナが最終地。 今年は最後まで無事に完走していただきたく、またそう願っています。 BOSSをはじめバンドのメンバーのみなさん、 裏で支えるスタッフや関係者の皆さんに「今年もありがとうございました」と感謝の気持ちを伝えたいです。

≪Prev12345|…10

バナー