第14回
新井満、五木寛之から元ちとせまで、深く考えさせられるライブだった!
2015/10/22
門外漢もたまにはいいものである。というのは、専門外のことなので、新鮮な気持ちで接することができるからだ。正直に言って、これほど楽しいことはない。今回はそんな話をしたいと思う。
10月7日(水)、午後6時15分から東京の文京シビックホール(大ホール)で行なわれた〈スミセイ ライフフォーラム 新井満・いのちの交響楽 生きる〉に行ってみた。芥川賞作家・新井満さんがナビゲート役を務める講演と歌唱が合わさったイベントである。
第1部は〈千の風に吹かれながら、いのちを想う〉と題された「講演と歌唱」だが、これはもう新井さんならではの〈オンリーワンの世界〉で一級品の芸と言っていい。ふつう作家の講演会はお話がメインだが、新井さんの場合は、お話にさらにご本人の「歌唱」が加わるので立体的でわかりやすい。
新井さんといえば、ミリオンセラーとなった「千の風になって」の作者として知られているが、本講演では、「講演」で「千の風になって」の誕生秘話にふれ、さらにご本人が歌うというおまけまでついているので、「千の風になって」の誕生ストーリーを生で見ているようで、聴き手にリアリティーを持って迫ってくる。この“お話”と“本人歌唱”の合わせ技、これぞ〈新井満の世界〉と言っていい。
第2部は〈いまを生きる力〉と題した五木寛之さんの講演会。我々の世代にとって五木さんは野坂昭如さんと並んで、青春時代の英雄的な存在だった。その意味では、いつか五木さんの講演会に行ってみたいと思っていたが、その機会がなかった。それが今回実現ということで行くことになったが、びっくりしたのは五木さんの話芸がすごいということ。特につかみは鋭く、なおかつ、ユーモアにあふれているので、つい話に引きこまれてしまうのだ。もちろん、核心にふれた深い話もされているが、それをユーモアをまじえて話されているので、難しい話でも楽しく聞くことができるのだ。これはもうひとつの“芸”と言っていい。さすが文壇一の話し上手だと言われるだけのことはある。また聞きたい、と思った。
第3部はメインともいうべき〈五木寛之×新井満〉、お2人による対談。新井さんは森敦さんの小説「月山」に曲をつけて組曲にして、シンガー・ソングライターとしてメジャー・デビューしたほどの音楽家。一方、五木さんは作詞家として数々のヒット曲を出している、これまたプロの音楽家。そんなお2人の対談は、プロならではの視点が鋭くて、対談そのものが〈音楽論〉となっていて興味深かった。そして圧巻はお2人でこの日のために作った新曲の披露だった。
1年程前に、今日(この日のために)何か歌を作りましょう、ということで、作詞は五木さん、作曲は新井さんということになり、その完成披露が行なわれた。ということは、その場に居合わせた私は幸せ者ということだ。「きのう きょう あす」と題された曲は新井さんの歌唱によって披露されたが、これぞ私が提唱している、〈演歌・歌謡曲〉でもない、〈Jポップ〉でもない、良質な大人の音楽〈Age Free Music〉である、と私は確信した。「この道を 歩いて よかった」というフレーズが心にしみる。このフレーズがしみる、ということは、それだけ人生を重ねてきたということである。
フィナーレは新三友合唱団+新井満、そして会場も一体となっての大合唱。まさに〈新井満・いのちの交響楽〉の名にふさわしい素晴らしいイベントだった。
公演終了後、新井さんから「『きのう きょう あす』、誰に歌ってもらったらいいですか?考えて下さい」と私は言われました。今日もこの曲を聴きながら考えています。
10月9日(金)、東京・ビルボードライブ東京で元ちとせさんの〈HAJIME CHITOSE~平和元年~〉というライブがあった。これは実に意義深いコンサートだった。
というのは、彼女のニュー・アルバム「平和元年」が衝撃的な作品だったからだ。終戦70年ということで、安倍総理談話が発表されたり安保関連法案が可決されたりと、今や時代は憲法改正へと向かっている。しかし、それらと戦う「歌」がないのだ。かつて、1970年前後、岡林信康さんたち関西フォーク勢はベトナム反戦、学園紛争、安保反対闘争の嵐が吹き荒れるなかで、「今、歌わなければならないこと」をメッセージに託して歌った。若者たちの政治や社会に対する強い反発や熱い思いが〈反戦歌〉を生んだのだ。
しかし、それから45年が経ち、平和を願う「戦う歌」がなくなってしまった。いかがなものか?と思っていた矢先に元ちとせさんのアルバム「平和元年」を聴いた。選曲を見てびっくりした。ベトナム戦争真っ最中の67年にピート・シーガーが発表した「腰まで泥まみれ」、第2次世界大戦中に兵士たちの間で歌われた「リリー・マルレーン」、トルコの詩人、ナジム・ヒクメットが広島の惨状、東京大空襲による焼け跡を見て書き上げた「死んだ女の子」など12編が反戦を願う「平和の歌」なのだ。戦争を知らない世代、36歳の元ちとせさんがアルバムに込めた思いは何か? そう私は思ったからこそ、ビルボードライブにはぜひ行こうと思ったのだ。そこに答えがあると考えたからだ。予想通り、このライブには彼女の思いが凝縮されていた。
「戦後70年を迎えた今年、『平和を祈る思い』『忘れない、繰り返さないという思い』をシンガーとして歌い継ぎ、母として残していければと思い、レコーディングに臨みました。このアルバム『平和元年』が平和を思うきっかけになってくれればと思っています」(元ちとせ)
「美しき五月のパリ」「スラバヤ通りの妹へ」から「死んだ女の子」「語り継ぐこと」まで全編が“平和の歌”で構成されたライブを聴いて、「平和とは?」を真剣に考えざるを得なかった。これぞ〈歌の力〉と言っていい。「平和元年」というアルバムをまずは聴いて欲しいものだ。
(文/富澤一誠)
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